学校防災シンポジウム2021「学校が避難所になるとき~新しい避難様式~」

2022.1.31
 岐阜聖徳学園大学は、笠松町と包括的連携協定をむすび、町と協同して災害時の避難所運営についての取り組みを進めています。

 2021年12月19日(日)、岐阜聖徳学園大学は笠松町と共に、地域課題解決事業の一環として、学校防災シンポジウム2021「学校が避難所になるとき〜新しい避難様式〜」を、zoomウェビナーによるオンライン形式で開催しました。

 自然災害が発生すると学校が地域の避難所になります。 円滑な避難所運営には、行政、住民、学校の連携協力が必要不可欠です。

 このシンポジウムは、熊本地震時の学校避難所運営から学びながら、この地域での自然災害発生に備えて、COVID-19に代表される感染症流行下で避難所を開設することを想定し、対策を考えるものです。
 第一部は熊本大学の竹内裕希子准教授による基調講演、第二部は本学大森裕子准教授による解説、さらに第三部では笠松町や学校関係者も交えたパネルディスカッションという展開で、計3時間にわたる充実したシンポジウムとなりました。

 笠松町の古田町長の「コロナ禍となり、円滑な避難所運営や災害対応が難しくなる状況のなかで、今日お聞かせいただく貴重なお話やディスカッションを、笠松町の防災対策にぜひ活かしていきたい」という力強い挨拶から始まりました


一部 基調講演「熊本地震における避難所運営の課題」

熊本地震の避難所運営事例から学ぶ

 第一部は、熊本大学大学院先端科学研究部 准教授、竹内裕希子氏による基調講演「熊本地震における避難所運営の課題」です。

 2016年4月に発生した熊本地震から、5年半。 熊本地震は、震度7を観測する地震が4月14日の夜と、4月16日未明に2度も発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生しました。

 「避難者数はピーク時で18万人以上。この18万人という数字は、熊本県全体で見ても10人に1人という計算です。ピーク時には、855箇所が避難所となりました。 学校の被害を見ていくと、熊本県内にある公立学校597校のうち、被災した学校は394校、そして避難所となった学校は366校ありました。 すべての避難所が閉鎖したのは、地震発生から約7ヶ月後の平成28年11月でした」(竹内氏)


 4月14日に災害が発生してから5月のGW明けに学校が再開するまでに学校ではさまざまな対応が行われ、さらに学校が再開してからは学校に避難所が併設するかたちで、生徒たちが通う学校に多くの人が住んでいました。

【参考資料】 熊本地震で大きな被害を受けた益城町の小中学校など21施設を対象としたヒヤリング調査をまとめた『STORIES』という冊子が、益城町の公式サイトからダウンロードできます。 https://www.town.mashiki.lg.jp/kiji0033946/index.html



避難所「運営」の前に「開設」がある

 人々が避難所に来る理由はさまざまです。
 「自宅が危険」「ライフラインが停止してしまった」「水や食料がない」「情報が欲しい」「自宅にいるのが不安」など、それぞれの思いを持って不安な中、避難所に訪れます。

 「市町村の『地域防災計画』では、行政が運営者となっています。そのほとんどは災害が起こったら行政職員がすぐに駆けつけ、さらにインフラが問題なく使えていることが前提となっています。 
  また、行政自体が大きく被災したときのことが考慮されておらず、熊本地震の際は初動の対応や開設が難航しました。 避難所の運営をした人へのヒアリング調査でわかったのは、避難所の『運営』をする前に、そもそも『開設』することが大変だったという事実。 避難者を把握し、スムーズに受け入れ、安全に誘導することができて、ようやく炊き出しや物資の受け入れなどの避難所運営へと進めるのです」(竹内氏)


 避難所運営をよりスムーズにおこなうのはもちろん大切ですが、それを実現するための「避難所の開設」について、訓練や計画の段階からさまざまなケースを想定して決めておくことが重要だということがわかります。


学校・地域・行政で共に考えるきっかけを

 避難所を構成する関係者は大きく分けて【学校】【地域】【行政】があり、この連携が必要不可欠です。
 ただ、いきなりその3者が話し合って防災対策を…と言っても、何から始めて良いのかわからないという人がほとんどだと思います。

 「そのため、避難所の開設と初期の避難所運営支援を目的に、最低限の道具25点をまとめた『避難所初動運営キット』を企画・開発しました。 避難所運営の初動のステップとして、以下のようなことが挙げられます」(竹内氏)


 以下は、熊本地震時の避難所開設・運営を振り返った、当事者たちのさまざまな声です。
 「衛生上、土足禁止にしたいが、最初に土足で入ってしまったことで土足禁止にするまでに5日間もかかった」
 「授乳室が欲しいと声が挙がった頃には授乳室に使えるような場所はなく、結局場所を確保することができなかった」
 こういったトラブルを回避するためには、初動での間取りや通路などのゾーニング、配置決めが必要という話を、竹内さんが様々な事例を挙げてお話しくださいました。

 「最初に避難所をゾーニングすることなく人を入れてしまったため、結局最後まで通路を作ることができなかった」


学校と地域が話し合うきっかけに

 こちらが、避難所初動運営キットです。
 避難所の開設に便利なものが揃っています。


 「キットがあれば避難所の開設は完璧です、というものではありません」と竹内さん。
 「キット出荷時の完成度は8割。
 残りの2割は、自分たちの地域や避難所の特徴に合わせてカスタマイズしてほしい。 できれば、避難所運営にかかわる行政・地域・学校が一緒になってこの中身を確認し、自分たちの避難所運営に合わせて中身を調整し、さらに間取りを考えたり、このキットの置き場所を決めるなどしてほしいと思っています。
 そのキットを使って避難所運営訓練を行い、また振り返って中身を見直し、関係者で共有するなど、これを『学校・地域・行政が話し合うきっかけ』にして欲しいです」(竹内氏)

 熊本県合志市では市の防災担当者と学校、さらに地域から区長と防災士が集まり、互いに課題を共有するなど、興味深い事例の紹介もありました。

 避難所初動運営キットは、それぞれの役割分担を明確にするためのきっかけ。 学校と地域、行政や自主防災組織が、「顔が見える関係」を構築していくことこそが、避難所の開設や運営をすることに必要不可欠だということを深く理解できました。


第二部 笠松中学校体育館を事例としたゾーニングと換気方法について

感染対策を意識したゾーニング実験

 休憩を挟んで第二部は、岐阜聖徳学園大学看護学部の大森裕子准教授による「笠松中学校体育館を事例としたゾーニングと換気方法について」の解説が行われました。 このパートでは、岐阜聖徳学園大学と笠松町が包括的連携協定に基づいて、共同で取り組んでいる感染症対策を意識した避難所開設の研究成果の報告と質疑応答が中心となりました。
 共同開発も含め、笠松町・大学・企業による産官学連携で進めた研究経過の一部です。

 今回、名古屋市の段ボールメーカー「ダイナパック株式会社」と岐阜聖徳学園大学の共同開発による、段ボールベッドや段ボールパーティションを使用し、体育館に避難所をつくる実験をしました。


避難所運営を想定して行った実験の映像

 笠松中学校体育館を避難所とした場合、感染対策も考慮するとどのようなゾーニングが可能かを考え、実際に開設を想定して組み立てた実験の動画を視聴しました。  

 段ボールパーティションによるパーソナルスペースは、2m×2mの正方形。パーティションの高さは140cmで、プライバシーの確保をしつつ外から少し中が確認できる高さです。

 中に段ボールベッドが設置できるため、そこで寝たり、座って食事を摂ったりすることができます。

 通路間隔は2mで、パーティション間隔は原則通行禁止とし、1mとなりました。


 段ボールパーティションは軽く持ち運びやすく、組み立ても簡単なので2人1組であれば7〜8分ほどでセッティング可能とのこと。
 動画では複数の学生がてきぱきと作業をして、これだけの規模を40分ほどでセッティングしていました。

スモーク実験で空気の流れを把握

 続いて、このゾーニングの避難所でどのように換気を行うのが効果的かを調べるために、空気の動きを可視化するスモークを流して滞留時間・滞留場所を確認する実験について視聴しました。

(1)全ての扉・窓を閉めるパターン(換気をしない場合)
(2)全ての扉・窓を開けるパターン
(3)2階の窓と東側の扉・窓を開けるパターン
(4)2階の窓のみを開けるパターン
(5)東側の扉・窓のみを開けるパターン

 

 5つのパターンを実験した上で、換気効率が良く、さらに夏や冬に気温の急激な変化をなるべくなくすためには(3)または(4)の方法が有効なのではないかという見解となりました。


大森さんへの質問と回答

Q.体育館が異なる場合でも同様の換気方法で応用できますか?
「一般化するために実験を継続する必要があると思います。季節、気温、風向きによる影響が大きいため、換気パターンの一般化はまだ難しいです」
Q.例えば高齢者でも、段ボールベッドなどの組み立ては可能ですか?
「段ボールパーティションやベッドは材料が軽く、簡単に組み立てができるようにメーカーさんと共同開発しました。基本的には2人一組で組み立ては可能ですが、高齢者などは周囲の援助が必要だと考えます」
Q.パーティション内に、空気が滞留することはありませんか?
「実験では、窓を開けることで、床を這って空気が流れていることが確認できました。 飛沫防止のためのパーティションのため、その中の空気の滞留は今後の課題でもあります」
Q.実験結果の一般化は難しいとのことですが、マニュアル制作予定はありますか?
「まだ一般化は難しいですが、予定として、いずれマニュアルなどの制作は考えています」

Q.段ボールの再利用は可能ですか?
「段ボールは紙なので湿気には弱いですが、ある程度強度のある素材なので、何度かの訓練や実験では毎回同じものを使っています。実際に避難所で使うものについては再利用は難しいと考えています」


第三部 パネルディスカッション「感染症流行下の避難所のありかた」 

第一部・二部をふまえたパネルディスカッション

 第三部は、第一部・第二部で登壇いただいた竹内氏・大森氏に加え、笠松町から佐々木氏、さらに学校現場を良く知る小林氏が加わり、パネルディスカッションを行いました。


【登壇者】
パネラー 竹内裕希子 氏(熊本大学 大学院先端科学研究部 准教授)
パネラー 大森裕子 氏(岐阜聖徳学園大学 看護学部 准教授)
パネラー 佐々木正道 氏(笠松町役場)
パネラー 小林正徳 氏(岐阜聖徳学園大学 就職部 教職指導室 高等教職専門職)
コーディネータ 森田匡俊 氏(岐阜聖徳学園大学 教育学部 准教授)


誰が、誰を守るのかを「想定しておく」視点

 視聴者の方から竹内さんへ「避難所にいたのは、住民の方ばかりですか?」という質問が挙がりました。

 「基本的には避難所にいる避難者は、その地域の住民の方ばかりでしたがいくつか課題がありました。
 『この避難所ではコーヒーやスープの炊き出しがあった』『こういった支援物資が届いた』などの情報がSNSで広がってしまうことで、別地域から訪れる人が増えて問題になるケースもありました。 誰が誰を守るのかをしっかり決めておかないといけない、というのがとても重要な視点です」(竹内氏)
 避難所を訪れる人は皆被災者には変わりないものの、別エリアからどっと人が押し寄せたことで運営難となり、やむを得ず避難所を閉じてしまったこともあったそうです。 笠松町は、岐阜と愛知の県境に位置し、笠松駅もあるため、町民以外の被災者が笠松町にとどまる可能性が大いにあります。
 森田さんからそのような指摘があると、笠松町の佐々木さんからは「時間帯によっては、住民以外の一時避難ができるような想定も必要。より多くの方を守れるよう、課題のひとつとしていきたい」と前向きな発言がありました。


学校・地域・行政の連携による避難所運営

 第一部で竹内さんが、「学校と地域が事前にコミュニケーションが取れているとスムーズ」という話をしてくださいました。
 森田さんからは「コミュニティスクールなどで、地域の方が平時から出入りすることで、災害時にも連携がとりやすいのではないか」という仮説が出ました。
 竹内さんからも何度もキーワードが出ていた「顔が見える関係」。 防災訓練などのイベントはもちろん、それ以外にも関わりがあることで、災害時にスムーズに避難所運営に入れるのではないか、という考えは、パネラー皆が感じ取っているようでした。
 小林さんは、現在3つの学校でコミュニティスクールの活動に関わっています。
 「コミュニティスクールで、防災の取り組みをするのは必要だと思いました。何より顔が見えるということが大きいと思います」(小林氏)
 佐々木さんからも「笠松町としては学校と絡んでの訓練などは今のところできていませんが、ぜひ今後はできるようにしていきたい」というコメントがありました。 
    地域住民をまとめる単位としての学校、開設や運営を担う行政、そして地域が連携を取るために平時からコミュニケーションを取っておくことが、とても大切だということを改めて確認しました。


避難所のゾーニングや換気について

 続いて、段ボールパーティションで囲う避難所のあり方について議論が広がりました。
 「世帯ごとに囲めるというのは、プライバシー確保としてとても有効です。 その反面、小学生や女性が引き込まれて犯罪に巻き込まれるリスクが高くなります。 『二人以上で行動する』などのルールを組み合わせるなどして対策をする必要があると思います。 熊本地震の際には、そうした被害を防ぐために朝になったらカーテンを開ける、夜寝るときだけ閉める、などルールを決めた避難所もありました」(竹内氏)
 また、感染症疑いの被災者、体調不良者の部屋を分けることができるのか?などの議論も挙がりました。 「COVID-19に限らず、感染症の感染拡大を防止するためにもちろん、別部屋で隔離するのが好ましいです。部屋の隔離だけではなく、動線も合わせて考えていく必要があります」(大森氏)
 避難所を開設する前に、あらゆることを想定して話し合っておくことがとても必要不可欠です。

 それを実現するには、場所の確保が必要です。 小林さんからは「岐阜市の学校では、そういった際に使える会議室などの部屋や場所を洗い出しているらしいです」という情報も。


学校ができること、地域にできること

 避難所の運営は、行政が主体となり動かし、学校は場所となります。 そこへ住民の方の力が加わり、三者で運営していくことになります。
 どの議題においても、やはり大切なのは「災害が起きていない今、事前に準備すること。コミュニケーションを取っておくこと」
 いくらマニュアルがあっても、それを「実際にどのように運営していくのか」まではマニュアルには書いてありません。  また、自分たちの自治体ならではの想定外な問題も出てきます。
 学校は、子どもたちの教育の場。 災害時において子どもたちの存在は尊いものですが、子どもたちに余計な負担をかけてはいけないということも忘れてはいけません。
 「熊本地震では、地域と学校が平時から避難所となった時のことを想定して関係性を構築していたため、 スムーズに運営できた避難所もありました。 一方で、校長先生が全てを背負って学校主体とした運営を貫いたという避難所もありました。強いリーダーシップで運営はうまく回っていたものの、誰かが大変な思いをしていることも事実です。」(竹内氏)
 ある一部の方だけが大きく無理をして運営していくのでは、続いていきません。 そのために連携が必要だということが、竹内さんが挙げてくださる事例からよく伝わります。
 「また、人は開設・運営することに注力しがちですが、『いつ閉じるのか』も事前にぜひ話し合いたい大切な論点です。 開くことと同じように、『閉じること』も考えて計画や準備をすることで、結果的に運営がうまくいくと思います」(竹内氏)
 避難所生活が快適になってしまって、出ていきたがらない人もいて『どのタイミングで閉じるのか』は誰にも判断がつかなくなってしまいます。 準備に関連する想定事項に精一杯になっていた私たちにとって、今から「閉じるタイミング」を考えておくというのは盲点でした。
 パネラーからもハッとしたような表情がうかがえます。
 「今、何ができるのか?」という問いに対して、「事前に行政が防災イベントを学校を舞台にして行う、住民を招き入れる」といったアイデアも出ました。
 それを行政が動かすことで、継続していくことができるのではないか?という視点です。 とにかく続けていくこと、継続性というのがとても大切です。
 「個人の熱意だけでは続きません」という竹内さんの言葉がとても印象的でした。
 行政、学校、地域が手を取り合い、いつも顔を見合わせる関係性をつくりながら、訓練や防災イベントなどが定期的に続くように、仕組み化していくことが重要だという話で幕を閉じました。
 大学のこと、地域のこと、防災のことを今一度見直し考えるとても良い機会となりました。 ありがとうございました。


主催 岐阜聖徳学園大学
共催 笠松町 協力 笠松中学校、愛知工業大学、愛知県立大学、岐阜大学、株式会社エーアイシステムサービス、ダイナパック株式会社

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