水辺の活動と安全~小学校体育に関する水辺の安全指導~ 水辺安全セミナー

2022.8.8

 猛暑の中、連日のように命を失う水難事故が報道されています。岐阜聖徳学園大学教育学部では、初等教科教育法(体育)の時間を利用して、講師に一般社団法人吉川慎之介記念基金代表理事 吉川優子氏をお招きし、講演・特別講義を行いました。昨年はオンラインでしたが今年は対面での講義が実現しました。教員を目指す学生が改めて水難事故について学び、何に着目し、どのように配慮していくと安全に水辺での学習を進めることができるかを考えました

 本学教育学部稲垣良介教授と一般社団法人吉川慎之介記念基金代表理事 吉川優子氏は、「子ども安全学会」において水難事故防止に関する研究を共同で行っています。吉川優子氏は、自身が2012年の夏、幼稚園のお泊まり保育の活動中、水遊びをしていたときに、増水した川に流され、最愛の我が子を亡くすという経験をされ、悲しさを胸に活動を続けられています。特別講義は、6月30(木)に開講されました。今回は、講義を受講した3名の学生のインタビューをとおして、吉川氏の思い、教員として何をすべきか、学んだことをまとめてみました。

吉川優子氏の活動について教えてください

 

 吉川優子氏は、一般社団法人吉川慎之介記念基金 代表理事を務めています。 横浜市生まれ、 神奈川県鎌倉市在住。  2013年6月に学校安全管理と再発防止を考える会を発足。 2014年7月には一般社団法人吉川慎之介記念基金設立、 2014年9月日本子ども安全学会発足 水難事故予防と子どもの安全・事故予防啓発活動を行っています。2012年7月20日、慎之介くんと最後に交わした言葉は、「しゅっちょういってきます」でした。私立幼稚園のお泊り保育の行事中に、上流にあたる渓流地で浮き輪・ライフジャケットなどの必要な装備や準備がされていない状態で水遊びが実施され、当時5歳だった吉川氏のご子息・吉川慎之介君は増水した川に流され亡くなるという事故が起きました。

 再発防止にむけて、慎之介君の死を無駄にすることなく未来につなげていきたいという思いをもち、2013年6月14日「吉川慎之介君の悲劇を二度と起こさないための学校安全管理と再発防止を考える会」を西条市の保護者の皆さんと一緒に立ち上げました。 更に2014年7月7日に保育・教育現場の管理下において、いまだに繰り返されている様々な事故の現状をふまえ、事故の再発防止と未然防止の啓発活動を行うために「吉川慎之介記念基金」を設立しました。

具体的にはどのような活動をされていますか

 吉川慎之介記念基金の活動は「日本子ども安全学会」「保育・教育現場の安全危機管理事業」「子どもの安全管理士講座」「被害者・遺族・家族支援」「事故事件の調査・検証の提案」を基本の柱とし、誰もが子どもの安全を考える社会を目指し活動しています。今日の講演(講義)は正に「誰もが子どもの安全を考える社会を目指して」教師をめざす学生の皆さんに熱く語る時間となりました。

 『小学校体育に関する水辺安全指導について水辺の活動と安全―子どもの事故実例から考える 海と日本プロジェクト2022』。 水辺での溺水事故を防止するために、ライフジャケットの着用は最低限の安全対策です。水難事故は、発生件数に対する死者・行方不明者の割合が高いため、事故を未然に防止することにその意義が認められます。我が国の水難事故の実情は、中学生以下では河川が突出して高い特徴があります。また、行為別では、水遊び中が最も多く発生しています。吉川氏の思いが伝わります。


吉川氏の思いはどのように伝わったのか

 

 今日は3名の学生の方に講義から学んだことを語ってもらいました。

 集まってくれたのは、教育学部体育専修2年生の森下尚彦(愛知県・新川高等学校出身)さん、森 心汰(滋賀県・八幡高等学校出身)さん、吉田 菜々美(愛知県・豊田西高等学校出身)さんの3人で、それぞれ中学校や高等学校の教員を目指して日々学習を重ねています。そんな3名は体育教師という枠にとらわれず、「教員として忘れてはいけないこと」「人として考えたいこと」を熱く語ってくれました。

吉川氏の話を聴いて印象に残っていることはどんなことですか

  

 水難事故のイメージがわかなかったけれど、息子さんが亡くなった話を伺い、その死を無駄にせず活動をしていて、「強い人」だと感じました。知らないことを知らないままにしない。このままだと教員なったときに児童を守ることができないと強く思いました。と森下さん。

 「知らないこと」の怖さ、「無知のままではいけない」と言う言葉が一番心に残っています。吉川氏の話から、「人ってこんなに簡単に亡くなるんだ。朝、元気に出かけた子が昼には亡くなってしまっている」こと、体育授業は、大げさに言えば唯一死人(けが人)が出ても不思議ではない教科です。自分が無知だと救える者も救えない、と自分事に置き換えて続けたのは森さん。

 「人を助けたい」という思いはあっても自分に余裕がないと行動に移せないことが多いです。自分は精一杯でも思いとおりにいかないこともあります。でも誰かの為に尽くしたいという思いはどこかにはある。誰もがそうして生きているのだから、自分を大切にし、どうすることがよいのか選択することで後々人のためになっていくのでは。そのためにも「知る」(知っておく)ことは大切なことだっと思います。吉田さんも含め、3人は「知ること」の大切さや「無知」であることの怖さを共通に感じていたようです。

「無知」という言葉が何度も出てきましたが

 森さんは、「子どもたちは、水位が腰の高さだから溺れるのではなく、「本能的溺水反応」で亡くなります。 溺れた状況を理解できなかったり、呼吸に精一杯で声を出す余裕もなかったりするために、静かに溺れると考えられています。子どもは静かに沈んでいくのです。」 これを聞いた時に、溺れ方のメカニズム、川の流れや岩などの地形、天気予報、その日だけではなく、上流の前日や前々日の様子までをも調べ知ることが大切だと学んだと話してくれました。

 多くの水難事故は先生方がその場所について、全然学んでいなかった。これまで何も起こらなかったから今回も大丈夫だろうという慢心。そうではなく、活動する一日一日、その状況を分かっていないといけないと、将来の自分の教師像に重ねた森下さん。

 慎之介君の事故に直面した当時の保育士は安全面での教育を何もしていなかったと言っても過言ではありません。指導者が何も知らないまま引率されていく子どもは本当に怖い。こういう学びをとおして、事故があったことだけでも知って欲しいと思いました。学生時代に過去のこうした事例を学べたことの意義を感じている吉田さん。

 さらに吉田さんは、体育教師として、水難事故に限らず、例えば熱中症。子どもは地面から近いので亡くなることも予測できる。少しでも危機感をもって助言、指導できる教員でありたいと続けました。

 森さんは、息子さんが亡くなってすぐに取り組みを始めた吉川さんのすごさを改めて振り返っていました。慎之介君と同じような子をつくらないという強い思いで動いている。ひとりの命の重さから、他の命を助けること、亡くなったことは悲痛だが、そこから次のことを生み出せることを学んだと。亡くなることによって人は、無気力になり悲しいことを思い出してばかりになるか、活動して亡くなったお子さんのため人のために動くかに分かれると思います。吉川さんのような生き方も考えさせられました、と。

今日の講義を自分が活かしていくとすると


 高校生の時は部活指導をしたくて教員になろうという思いが強かったのですが、高校時代はその子の進路を決める大事な時期でもあります。一生で最初に大きな決断をする時でもあると言えます。生徒の夢を叶えさせてあげたい。夢の後押しに力を注いであげられる教師になることが今の自分の中にある思いです。と、生徒に寄り添った教師像を目指す森さん。

 自分も高校時代は部活動をしていたので、部活動を通して生徒のよさを伸ばしたいと考えていました。その中で結果も大事だけれどその過程も大切だと感じることがありました。指導に正解はないですが、一生懸命に指導し、経験していく中で、日々を濃くしていけるようにしたいと思います。子どもたち自身の思いを尊重しながら、その子の夢の近道を一緒に見出してあげたいと語る森下さん。

 中学、高校とバスケットボール部に所属してきた吉田さん。強いチームでしたので、技術的な指導もありましたが、指導者が重きを置いていたのはバスケット以外のあいさつやそうじ、普段の学校生活でした。そういったことも含め細かいことの積み重ねがチームプレイでした。心も身体も変化し、いろいろな問題が起き、その中で成長する、人として何を大切にするかの学び。そういった指導者の姿に共感していました。

講演から学んだこと


 「雨の日には雨の日の生き方がある」(東井義雄 1912年4月生 教育者、浄土真宗僧侶)の言葉を座右の銘にしているという森さん。雨が降ったからがっかりではなく、雨が降ったからよかったと言える生き方をしたいとのこと。恵みの雨ということがわかっていても、雨が降れば疎ましいと思うのは誰もが同じ。雨だからこそ雨と向き合うそういう生き方を大切にしたいという森さんの生き方と慎之介くんの死を無駄にしない吉川氏の生き方が重ねって見えました。

 吉川氏は決して息子さんの死を受け入れている訳ではないでしょう。しかし、そのことと正面から向き合い、悲しみに沈むばかりではなく前に進んでいく。吉川氏の講演から水辺の安全指導について学びを深めたことはもちろん学生にとっては価値ある時間になったに違いありません。こうした吉川氏の水難事故、水辺の安全教育の特別講義でさえ、今、自分が目指す教師の姿に学生自らが結びつけていく、こういった主体的・横断的な学習が意図的に開講されることこそが「先生になるなら岐阜聖徳学園大学!」と胸を張れる所以ではないかと感じる、あっという間の時間でした。



 

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